浅草公園仲見世


浅草公園第二区 仲見世 #3


東京浅草仲見世 / Entrance of Asakusa Temple, Tokyo.

明治40年(1907)当時の仲見世。現在の雷門前の様子になりますが、その雷門は慶応元年(1865)に火災で焼失し、明治大正期にその姿はありませんでした。中央のピンクに彩色された看板に、明治40年に開催された東京勧業博覧会の告知があります。その左側の三角旗型の広告は、帝国五二館における「千人画伯絵画展覧会」を告知しています。

帝国五二館(会館)は、五二会が明治31年(1898)に設置した同会会館で、帝国ホテルの南側にありました。五二会とは、農商務省次官だった前田正名が明治27年(1894)に企画した共進会に端を発し、当初は織物、陶磁器、漆器、金属器、製紙の五品目からなり「五品会」としていたものを、のちに雑貨と敷物の二業種が加わって「五二会」へと改名したもので、製品産物等の品評会を主催する集まりです。

この「千人画伯絵画展覧会」は明治40年4月1日にスタートしますが、帝国五二館は同年9月30日に火災により焼失しています。

マッカルパイン・コレクションより


所在地参照マップ

浅草公園之図 (明治40年当時)


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Date: 2007/9/08 10:00:03 | Post: mikio


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